子「お父さん、早く帰ってきて」父「仕事があるから」——自分の口から出たその言葉が、いちばんむなしかった

毎朝、8時頃に家を出ます。

子どもたちの登校に合わせて学校の近くまで送り、そのまま出社します。帰宅するのは21時か、遅ければ22時を過ぎます。

子どもたちが起きているうちに帰れるのは、週に2〜3日。残りの日は、子どもたちが眠ってから家に着きます。

「ラクになった」はずの仕事で、家族との時間が消えていった

独身のころは、夜間や休日でも呼び出しがある仕事をしていました。ある意味、わかりやすくきつい仕事でした。

今の仕事には、休日出勤も急な呼び出しもありません。傍から見れば、ずいぶんラクになったように映るかもしれません。

でも実際には、平日の帰宅が21時を超えることが当たり前になっています。

妻はその間、仕事を終えて子どもたちを迎えに行き、夕食を作り、お風呂に入れて、寝かしつけまで一人でこなしています。余裕がない日には、子どもたちに強い口調で注意してしまうこともあります。それは妻のせいでも子どものせいでもありません。私の帰りが遅いからです。

そのことは、わかっていました。

「仕事があるから」——その言葉を口にした瞬間

上の子がまだ小学2年生だったある日、「お父さん、早く帰ってきて」と言われました。

「お父さんも帰りたいけど、仕事があるから」

そう答えた瞬間、なんともむなしい気持ちになりました。2年生の子どもに言い訳にもならない言葉を言っている自分が情けなかった。そして、それ以上何も言えませんでした。

むなしかったのは、子どもの言葉ではありません。自分の口から出てきたその答えが、いちばんむなしかったのです。

上司の死が、問いかけてきたこと

一年ほど前、ずっとお世話になってきた上司が事故で亡くなりました。

突然のことでした。

その日から、ぼんやりと考えていたことが急に輪郭を持ち始めました。何のために働いているのか。自分が本当に大切にしたいものは何なのか。

仕事は続けています。でも、何かが変わった気がしました。

体が、先に限界を教えてくれました

そのころ、体に異変が出てきました。病院に行くと、薬が必要な状態でした。

1年間、お酒をやめました。今も薬は続いています。飲み忘れると体に症状が出ることがあります。

頭ではわかっているつもりでも、体の方が正直でした。

早く帰れた日は、布団の中で

早く帰れた日は、子どもたちが布団に入ってから隣に座ってお話をします。

その日あったこと、前に行った旅行の話、科学の不思議な話、料理の話。なぞなぞで遊んだり、その場で即興の物語を一緒に作ったりすることもあります。

先日、今年小学1年生になった下の子が、保育園のころに行ったキッザニアの話をしてくれました。出来事を順番に整理して、わかりやすく話してくれました。いつの間にこんなに話せるようになったのかと、感心しました。

小3になった上の子とは、オリジナルのストーリーを一緒に作るのが最近のお気に入りです。

この時間が、好きです。この時間だけは、仕事のことを忘れられます。

でも同時に思います。この時間があと何年続くのだろう、と。

別の働き方を、探し始めました

上司が亡くなってから3ヶ月ほどたったころ、違う働き方を模索している人たちと出会う機会がありました。

会社員以外の選択肢を、真剣に考えている人たちでした。その人たちと話して、「自分もそっちに行けるかもしれない」と初めてリアルに感じました。

それがブログを始めたきっかけです。

私が実現したいこと

子どもたちに「早く帰ってきて」と言わせなくてよい状態を、一日でも早く作りたい。

それだけです。

このブログは、そのための記録です。うまくいくかどうかはまだわかりません。でも、動き始めました。

同じような状況にいる方に届いてほしいと思いながら、書いています。

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