「パパが個人懇談に一人で行ってきた」——廊下で気づいた、子どものことを”知っている”という安心感

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これまで何度か、子どもの個人懇談に一人で行きました。

うちは共働きですが、「教育・勉強まわりの担当」は私のほうがウエイトが高く、宿題を見たり勉強の習慣づくりを考えたりするのは主に私の役割です。だから懇談も私が行く、という流れになりました。

行く前は少しだけ不安でした。家では毎日一緒にいるのに、学校での姿はほとんど知らない。授業中どんな態度をとっているのか、友達とどう関わっているのか——正直、想像できませんでした。

結果として、行って本当によかった。この記事では、パパが一人で個人懇談に行ってみてわかったことを正直に書きます。

教室の前の廊下。パパは自分一人だった

学校に着くと、教室の前の廊下に椅子が並べてあって、自分の番まで待つスタイルでした。

周りを見渡すと——パパは一人もいませんでした。

「そうか、やっぱりそうか」という気持ちと、「もう少しパパが来てもいいよな」という気持ちが半々でした。

待っている間、廊下に飾られた子どもたちの作品や習字を眺めていました。わが子の作品も飾ってあって、それだけで少し嬉しくなりました。学校に来ないと見られないものがある、とその時気づきました。

先生との会話でわかった「知らなかった我が子の姿」

懇談では、学校での学習の様子・生活の様子と、家庭での様子を先生と情報共有しました。得意なこと・苦手なこと、意欲的に取り組んでいること。そして、先生がどう接しているか、私たち親はどう接するとよいかという話も。

話しながら、ひとつ驚いたことがありました。

先生と私が、子どもの性格や興味についてまったく同じ見方をしていたんです。「この子はこういうところがある」「こういうことが好きそう」という点が、一言も打ち合わせていないのに全部一致した。

正直、じんときました。先生はちゃんと、うちの子のことを見ていてくれている。毎日30人以上の子どもたちと向き合いながら、一人ひとりをきちんと見ていてくれている——そのことに、純粋に安心しました。

「たくさんほめてもらってたよ」——帰ってからの話が一番盛り上がった

家に帰って、妻と子どもに話しました。

「先生にたくさんほめてもらってたよ」と言ったら、妻も子どもも顔がほころびました。子どもは照れながらも、どこかうれしそうにしていました。

ちょっとだけ指摘された点もありました。「家でもこういうところを意識してみよう」と子どもに伝えると、少し反省した様子で「うん、わかった」と言っていました。怒るわけでもなく、淡々と話せたのは、先生から聞いた話として伝えられたからかもしれません。

パパが懇談に行くことの、意外なメリット

行く前は「別に私でも妻でも同じかな」と思っていました。でも実際に行ってみると、パパが行くことにしかない良さがあると気づきました。

① 学校のことが「自分ごと」になる

報告を聞くのと、自分で行くのとでは、情報の入り方がまるで違います。廊下の雰囲気、先生の話し方、作品の展示——自分の目で見ると、子どもの学校生活がリアルに想像できるようになります。

② 子どもへの声かけが変わる

先生から聞いた話があると、「学校どうだった?」という会話の質が変わります。「先生が○○って言ってたけど、そういえば最近どう?」と具体的に聞けるようになる。子どもも、パパが自分の話を知っていることを喜びます。

③ 先生との信頼関係ができる

先生の立場から見ると、パパが顔を出してくれることは少し印象に残るようです。「お父さんがいらしてくれたんですね」と言ってもらえました。家庭として学校に関心を持っていることが伝わる、というのもあると思います。

まとめ——「知らない我が子」を減らすことが、パパの仕事かもしれない

個人懇談に行く前、私は学校での我が子のことをほとんど知りませんでした。

でも行ってみると、先生が丁寧に話してくれて、知らなかった姿がたくさん見えました。そして先生と私の見方が一致していたことで、「この子のことを、ちゃんとわかっている大人がいる」という安心感を得ました。それは私にとっても、子どもにとっても、大事なことだと思っています。

廊下に並んでいたのはパパ一人だったけど、それでよかった。むしろ、来て正解だったと思っています。

もしまだ懇談に行ったことがないパパがいたら、一度だけ行ってみてほしいです。15分間で、子どものことがぐっと近くなります。

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